短期集中で不用品
プラザ合意の国別行動計画にのっとり、日本は87年5月に6兆円の緊急経済対策を決めた。
中身は5兆円の公共投資の追加、1兆円の減税からなる。
前年の3.6兆円の対策と比べて中身が充実しており、まさに米国が求めていた本格的内需拡大策であった。
このため米政府の日本に対する態度は一変するが、その分ドイツに矛先が向くことになる。
ドイツは88年に減税の前倒し実施を約束していたが、減速傾向が見られる87年の足元の景気対策に動こうとはしない。
むしろ、ドイツ連銀は金利の高め誘導に走るくらいであった。
そこでBーカー長官にとりドイツが日本に代わる攻撃目標として意識されるようになっていった。
10月17日の土曜日Bーカー長官の「ドイツが一層の金融引き締め策を取るならば、米国は為替安定のルーブル合意を見直さざるを得ない」という発言がブラックマンデーの直接の引き金となってしまった。
Bーカー長官がドル安誘導、ドイツとの対決姿勢を鮮明にしたために、週明け10月十9日の月曜日、まず債券市場が反応して債券価格が急落し、ついでニューヨークーダウの暴落が続くことになる。
ダウの下落は1日で58ドル、率にして22.6%の下落で、1929年10月24日「暗黒の木曜日」の下げ幅を上回る史上最大の暴落となったのである。
この株価暴落に対して、訪欧中のBーカー長官は急濾フランクフルトに飛んで、シSュトルテンBルク蔵相、Bールク独連銀総裁と緊急会談を行い、ドイツは金利高め誘導をしない、米国はドル対マルクでの下落を容認しないことで合意した。
米独の不協和音で市場が動揺するのを防ごうとしたのである。
投資家の不安を和らげるという意味で最も効果があったのはGリーンスパンFRB議長の「金融システムを守るために流動性を供給する」との緊急声明である。
この結果、株価は程なく反発し、大恐慌の再来という不測の事態を回避することができた。
為替はFRBが上記のごとく金融緩和を決断したこと、その結果としてのドル安は容認するというBーカー長官の発言などからドルは一段と下落していき、年末には1ドル=一20円台へと突入していく。
この激動の87年12月23日に唐突にG7共同声明が発表されることになる。
その真意はブラックマンデーの教訓を踏まえて、G7の再結束、協調体制の再構築が市場の安定には不可欠との認識に至ったからと推測される。
この声明では第1にルーブル合意の再確認、すなわち不均衡是正のための政策協調と為替の安定を再確認した。
第2にブラックマンデーのデフレ後遺症に対処するために金融政策は流動性を潤沢に供給することで合意した。
結果的にはこの2番目の合意が、日銀の手足を長く縛ることになり、金融引き締めの遅れからバブルを制御不能なほどに膨張させてしまう最大の原因となったのである。
1980年代後半の日本のバブル発生メカニズムを考える場合、キーワードは円高、過剰流動性内需主導型成長、金融自由化の4つだと思われる。
すなわち、プラザ合意以降の未曾有の円高がもたらすデフレに対処するために、まず金融政策が徹底的に緩和されて流動性を潤沢に供給する役割をはたした。
次に財政もルーブル合意を受けて6兆円の景気対策を実施、特に住宅促進政策が功を奏して住宅建設ブームがおとずれる。
このようなマクロ経済環境に加えて、米国からの圧力で推進を迫られていた金融自由化が日本の間接金融優位の構造を強く揺さ振ることになる。
金融自由化の進展から大企業は資金調達を直接金融ヘシフトしていくが、財テクに走りすぎて株価バブルの一端を担うことになる。
また、新たな融資先の開拓を迫られることになった銀行は中小企業向けの融資を積極化、業種別では不動産業とノンバンクへの融資を拡大していったが、不動産バブルを助長することになる。
プラザ合意時点で1ドル=240円だった円相場がわずか1年余りで160円へ、率にして5割も円高が進む事態は尋常でなかった。
この異常な円高の影響から86年の輸出は前年比5%の減少となり、成長率も2%台へと半減することになる。
このため円高デフレ対策が急務となり日銀は86年1月から87年2月にかけて0.5%ずつ5回にわたり公定歩合の引き下げを実施、当時としては史上最低の2.5%とした。
ところが、この金融緩和政策を反映してマネーサプライの伸びは87年に入ると急激に加速することになる。
一方、6兆円の景気対策で内需主導型経済への転換が一層刺激されることになる。
特に住宅建設は低金利と公庫融資限度額の引き上げなど政策面での促進効果が働き急速な増加を示した。
また、円高デフレで伸びが急減していた設備投資も87年から立ち直り、日本企業は円高で悪化した輸出から目を内需に転じ、内需掘り起こしの一環として新製品の開発に注力していった。
このようなマクロ経済環境は70年代の円切り上げ直後の状況に類似しているが、当時と比較して決定的に異なるのは一次産品価格、とりわけ石油価格が急落していることである。
このためデフレ懸念はあってもインフレ懸念は存在していなかった。
モノのインフレが沈静化している経済に、過剰流動性と住宅建設中心の内需主導型成長を組み合わせると、余剰資金は株式や不動産などの資産へ集中し、資産インフレを生み出すことになる。
この資産インフレをバブルにまで高めてしまう役割をはたしたのが金融自由化の進展であった。
80年代前半、日米円ドル委員会で日本の金融.資本市場の自由化が検討されてきたが、この結果、80年代を通じて数の自由化措置が実行に移されていった。
金利の自由化、コマーシャルペーパー(CP)など金融商品の創設、外国証券会社の東証会員権の取得、外為関係では実需原則の撤廃、円転規制の撤廃などが主なものである。
この金融自由化の結果、大企業は調達面でCP、転換社債、ワラント債など直接金融への依存を強めることになっていく。
次第にCPと大口定期のさや取りなど財テクの比重を高めてゆき、この財テク資金が株式に大量に流れるなどして株式バブルを大きく煽ることになる。
一方、大企業が間接金融から直接金融ヘシフトしたことから資金運用に頭を悩ます銀行はやむを得ず、中小企業向けの融資を拡大、さらにはそれまで熱心でなかった個人向けローンにまで手を広げていった。
業種別に見ると不動産業とノンバンク向けが急増している。
しかも、ノンバンクの融資先が不動産であることを考えると、地価高騰の中心的役割をはたしたのが金融機関の不動産融資であったのは明らかである。
日本の株価は86年1月の公定歩合引き下げが引き金となって急角度で上昇を続ける。
また、地価に関しては金融の自由化、国際化で国際金融センターとしての役割が期待される東京の地価がすでにプラザ合意前から上がり始めていたが、87年頃になると大阪など大都市部にも広がりを見せはじめていた。
そこで、日銀は過剰流動性に対する早期予防の必要性から87年9月に銀行貸出枠の削減を決定し、公定歩合引き上げも視野に入れつつあった。
そこにブラックマンデーが起きたのであるが、今から振り返ると日本にとって不運であったと言うしかない。
12月のG7声明にあるように、米国が引き起こしたブラックマンデーのデフレ後遺症に対処するために、日銀は引き続き流動性を潤沢に供給せざるを得なくなったのである。
バブルに勢いをつけてしまう。
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